大判例

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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)7020号 判決

原告 東武信用金庫

被告 更生会社 丸井加工株式会社

管財人 長井盛英

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

「原告が更生会社丸井加工株式会社に対し、一億五、四六八万円の更生担保権及び同額の議決権を有することを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

(被告)

主文同旨の判決。

第二当事者双方の主張

(原告主張の請求原因)

一  丸井加工株式会社は、昭和五二年八月八日、東京地方裁判所において、更生手続開始決定を受け、被告は同会社の管財人に選任されたものである。

二  原告は、丸井加工株式会社(以下、単に更生会社という。)との間で、昭和四八年三月七日、金銭消費貸借、手形割引等の取引に関する信用金庫取引契約を締結し、右信用金庫取引契約に基づき発生する原告の同会社に対する一切の債権を担保するため、昭和五〇年三月三〇日、同会社所有の別紙物件目録記載の各不動産につき、極度額二億円とする共同根抵当権設定契約を締結し、同年四月八日、その旨の登記手続を了した。

なお、右共同根抵当権の順位は、別紙物件目録記載(一〇)の建物(守衛所)が二番であり、その余の各不動産は三番である。

三  ところで、原告は更生会社に対し、次のとおり、右信用取引契約に基づく債権を有している。

(一) 元本債権

1 約束手形買戻金(二四口分)合計 四、九五五万八、八〇〇円

2 貸付金(五口分) 合計 九、九三五万六、二八二円

3 元本債権合計 一億四、八九一万五、〇八二円

(二) 遅延損害金

1 更生手続開始決定までのもの

(1)  前記約束手形買戻金に対するもの 四九万四、四四一円

(2)  前記貸付金に対するもの 三七〇万六、〇〇〇円

(3)  右(1) 及び(2) 合計 四二〇万〇、四四一円

2 更生手続開始決定後一年を経過するまでのもの

(1)  前記約束手形買戻金に対するもの 九〇〇万四、七五五円

(2)  前記貸付金に対するもの 二、〇三三万五、九五八円

(3)  右(1) 及び(2) の合計 二、九三四万〇、七一三円

3 遅延損害金合計 三、三五四万一、一五四円

(三) 右元本及び遅延損害金合計 一億八、二四五万六、二三六円

四  そこで、原告は、右債権全額を更生担保権とし、同額の議決権を有するものとして、債権届出をしたところ、被告は、第四回債権調査期日において、担保評定額超過を理由に、右届出額全額につき異議を述べ、その全額を一般更生債権として扱い、その議決権額を前記債権合計額から更生手続開始決定後の二、九三四万〇、七一四円を除いた一億五、三一一万五、五二二円とした。

五  しかしながら、不動産鑑定士千葉弥千雄(以下、千葉鑑定ともいう。)の評価のとおり、別紙物件目録記載(一)ないし(九)の各土地(以下、同全部の土地を本件土地といい、各土地を表示するときは、「本件(一)の土地」の如く表示する。)の価値は合計六億四、三九四万五、〇〇〇円、同目録記載(一〇)ないし(一二)の各建物(以下、同全部の建物を本件建物といい、各建物について表示するときは、(一〇)の建物を本件守衛所、(一一)の建物を本件事務所、(一二)の建物を本件工場と表示する。)の価値は合計一、〇七三万五、〇〇〇円であり、本件土地、建物は総計六億五、四六八万円の価値があるので、同土地、建物についての先順位根抵当権者である株式会社平和相互銀行の債権極度額三億五、〇〇〇万円、小松川信用金庫の債権極度額一億五、〇〇〇万円、合計五億円を控除しても、なお一億五、四六八万円の余剰がある。

六  よつて、原告は、前記元本債権合計一億四、八九一万五、〇八二円と前記更生手続開始決定前の遅延損害金合計四二〇万〇、四四一円及び更生手続開始決定後一年を経過するまでの遅延損害金のうち一五六万四、四七七円の総計一億五、四六八万円につき更生担保権及び同額の議決権を有することの確定を求める。

七  なお、本件土地、建物の価値が、鑑定人鐘ケ江晴夫の鑑定結果(以下、鐘ケ江鑑定ともいう。)のとおり、合計五億二、七八四万五、〇〇〇円(内訳、土地四億七、四〇二万四、〇〇〇円、建物五、三八二万一、〇〇〇円)であつたとしても、なお原告の更生担保権の額は、次のとおり、一億四、五八四万七、二八一円となる。すなわち、

更生手続における債権調査の結果、確定した本件土地、建物についての先順位根抵当権者である株式会社平和相互銀行の更生担保権額は合計四億七、八七六万一、〇三七円、小松川信用金庫の更生担保権額は合計一億二、四二〇万三、三一五円であるところ、右株式会社平和相互銀行は、本件土地、建物についての共同根抵当権のほかに、草加市旭町三丁目三〇八番三外の宅地九筆合計一、〇六五・六三平方メートルに順位一番、極度額一億五、〇〇〇万円の、また、茨城県筑波郡谷和原村所在の土地一五筆合計二万八、六一三・九二平方メートル及び建物六棟に順位一番、極度額一億五、〇〇〇万円の、各共同根抵当権を有しており、右草加市の宅地の価格は一億六、七六三万六、八九〇円、右茨城県筑波郡の土地及び建物の価格は一億九、六五五万円であつて、いずれも極度額以上の価値があるから、株式会社平和相互銀行の右更生担保権額四億七、八七六万一、〇三七円は、民法三九二条一項の趣旨からしても、同銀行が有する右三つの共同根抵当権に、その各極度額の割合、すなわち、本件土地、建物の割付分を三五、草加市の宅地の割付分を一五、茨城県筑波郡の不動産の割付分を一五の割合で割付けられるべきであり、そうすると、本件土地、建物についての株式会社平和相互銀行の割付けによる更生担保権の額は、結局二億五、七七九万四、四〇四円となるので、その更生担保権額と前記小松川信用金庫の更生担保権額一億二、四二〇万三、三一五円を、前記鑑定人鐘ケ江の鑑定評価額五億二、七八四万五、〇〇〇円から控除しても、なお一億四、五八四万七、二八一円の余剰があることになるので、その額は原告の更生担保権と認めて然るべきである。

(被告の答弁)

原告主張の請求原因一ないし四は認める。同五のうち、本件土地、建物につき、原告主張のとおりの先順位の共同根抵当権があることは認めるが、その余は争う。もつとも、本件守衛所(別紙物件目録記載(一〇)の建物)は株式会社平和相互銀行の共同根抵当権の目的に含まれていないので、同守衛所についての順位一番の根抵当権者は小松川信用金庫であり、原告が順位二番の根抵当権者である。なお、更生手続開始決定のあつた昭和五二年八月八日当時における本件土地、建物の価値は、大河内不動産鑑定事務所(以下、大河内鑑定ともいう。)の評価のとおり、合計三億八、二五六万四、〇〇〇円であり、同土地、建物には原告主張のとおり、極度額合計五億円の先順位担保権者がいるので、原告の届出債権を更生担保権として認めることはできない。請求原因六は争う。同七のうち、株式会社平和相互銀行が本件土地、建物のほかに、更生会社所有の草加市旭町三丁目三〇八番三外の宅地九筆に順位一番、極度額一億五、〇〇〇万円の、また、丸善工業株式会社所有の茨城県筑波郡谷和原村所在の土地一四筆及び建物六棟に順位一番、極度額一億五、〇〇〇万円の、各共同根抵当権を有していることは認めるが、その余は争う。先順位の担保権が根抵当権であるときは、先順位者が他に担保権を有するかどうかにかかおりなく、その極度額を根抵当権の目的物の価額から控除した額をもつて後順位担保権の目的物の価額とするのであつて、原告の主張は失当である。

(被告の主張)

一  千葉鑑定の評価は、以下の点においていずれも合理性がない。すなわち、

(一) 土地価額の評価について

1 千葉鑑定は、土地の評価を求める方式として、いわゆる取引事例比較法並びに基準地価格比較法を採用し、まず取引事例等から約一万平方メートルの規模を想定した標準的画地なるものの価額を算定する方法をとつているが、標準的画地の価額を算定する基礎として採用した取引事例の地積は二二八平方メートルから一、四〇一平方メートルといつた小規模のもので、取引事例として適切でない。

2 また、千葉鑑定は、取引事例の時点修正についても、住宅地等の小規模画地と本件のように工業専用地域の大規模工場用地との地価変動の差異を考慮せずに小規模住宅地の上昇率をもつて修正し、かつ、取引事例の間に昭和五〇年六月取引のものと昭和五一年一〇月取引のものとを同一変動率で修正するといつた誤りがあり、また、地域要因の比較方式についても、対象地域を一〇〇とした場合、本来これを分子として、取引事例の属する地域の数値を分母とすべきなのに、分母と分子を逆にしている誤りがあり、また、高圧線下の土地であることによる減価についても、単に線下部分の土地に限つて二〇パーセント減価しているにすぎず、その高圧線が全体の土地の利用にどの程度の影響を与えるかの考察をしていない誤りがあり、更にはまた、価額算定において、本件のような工業専用地域内の土地の関東一円における需給動向、経済状況等を全く無視している誤りがある。

(二) 建物価額の評価について

千葉鑑定は、建物の評価を求める方式として、いわゆる原価法を採用し、その再調達原価として、本件建物と同種の建物の標準建築費をもつて求めたとしているが、本件各建物の個別性を全く無視したものであり、また、減価修正、観察減価の点についても、経済的残存耐用年数を一律八年、一律四〇パーセント減価としているが、本件工場は火災によつて使用不能の状態にあり、他の建物とは全く異る状態にあることは明らかなのにこれらを無視して同一の取扱いをしている誤りがある。

二  鐘ケ江鑑定の評価は、以下の点においていずれも合理性がない。すなわち、

(一) 土地の鑑定評価について

同鑑定は、標準地の価額を求めるのに、単純に、県基準地及び三つの取引事例の各比準価額を合計して四等分しているにすぎず、合理的根拠はない。取引事例中本件土地に隣接する土地の価額が一平方メートル当り一万二、〇九九円であり、時点修正すると一万一、九七九円となることからみても、同鑑定評価額が高額にすぎ、合理性のないことは明らかである。

(二) 建物の鑑定評価について

同鑑定は、本件工場が火災により使用不能で、本件土地を売却する際撤去しなければならないものであることを全く考慮していない誤りがあり、また、担保権の目的となつていないさく井設備を加算している誤りがある。

(原告の主張)

一  大河内鑑定の評価は、以下の点においていずれも合理性がない。すなわち、

(一) 土地価額の評価について

1 本来、土地の評価をする場合には、直接具体的事例と比較して対象土地の価額を算定すべきであるのに、大河内鑑定は、本件土地とは別個の土地について評価した価額から更に地域要因、個別要因を比較して評価しているのであつて、具体性、実証性に欠けた間接的簡便法によるものである。

2 また、大河内鑑定は、基準地価格(公示価格)との対比もなく、また、経済基調が回復しつつあることを全く無視したものである。

3 更にまた、大河内鑑定は、本件土地の北西端寄りの一部の上空を高圧線が通過しているにすぎないのに、本件土地全体に影響を及ぼすものとしているが、これは、本件土地が工業専用地域に属する大規模な画地であり、高圧線下の土地以外の部分の活用には全く支障はなく、高圧線下の土地であつても資材置場等に充分活用しうるという本件土地の実態を無視したものである。

(二) 建物価額の評価について

大河内鑑定は、本件工場の評価を零とし、かつ、その解体撤去費用を計上しているが、同工場が火災を受け、維持管理がなされていないため老朽化しているとはいえ、同工場が建築されたのが昭和四四年であり、その敷地が工業専用地域である実情からして、その建物自体は修理すれば工場又は倉庫として十分使用に供しうるものであるとの実態を無視したものである。

二  千葉鑑定は、右の大河内鑑定にみられる欠陥はなく、本件土地、建物について具体的、かつ、客観的に評価しており、合理的なものというべきである。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  原告主張の請求原因一ないし四の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、更生会社につき更生手続開始決定がなされた昭和五二年八月八日現在における会社の事業が継続するものとして評定した本件土地、建物の価額について判断する。

(一)  本件土地について

成立に争いのない甲第三ないし第一一号証、証人千葉弥千雄の証言により真正に成立したものと認める甲第一七号証、証人大河内一雄の証言により真正に成立したものと認める乙第一号証、鑑定人鐘ケ江晴夫の鑑定結果と弁論の全趣旨によれば、本件土地は関東鉄道常総線守谷駅の北西約一・五キロメートル(直線)に位置し、更生手続開始時における附近の状況は株式会社前川製作所の工場のほかに大工場はなく、小規模な鉄工所、自動車整備工場が点在するだけで、山林や未利用地が相当あつたこと、本件土地を含む地域一帯は都市計画法上の工業専用地域に指定されているうえ、本件土地は河川から遠隔の地にあり、排水設備を整えるには相当の費用を要し、大量の水を使用する工場等の敷地としては不向きであること、しかし、同地域の西南端寄りに当時すでに常盤自動車道の高速道路建設計画が具体化しつつあり、交通の便が良くなる見通しがあつたこと、本件土地の地形は別紙図面のとおりであり、本件土地のほぼ中央に町道が十字形に位置し、本件土地を一体として利用するためには町道の変更等を受けなければならないが、町道変更等についての具体的な対策はとられておらず、また、その具体化の見通しもなかつたこと、本件土地のうち(一)、(三)及び(九)の土地については、東京電力株式会社のため、電線の支持物の設置を除く送電線路の設置及びその保全のための土地立入並びに建造物の築造及び送電線路の支障となる竹木の植栽禁止を目的とする地役権が設定されており、同土地の上空に一五万四、〇〇〇Vの高圧線が走つていること、以上の事実が認められる。

ところで、本件土地については、千葉鑑定、大河内鑑定、鐘ケ江鑑定といつたいずれも不動産鑑定士による鑑定評価がなされており、前掲各証拠によれば、千葉鑑定は、鑑定評価方式として取引事例及び県基準地価格比較法によることとし、まず観念的に規模一万平方メートルの画地を標準地として想定し、その標準地と四つの取引事例及び県基準地との条件を比較しつつ、四つの取引事例の価額及び県基準地の価額から想定された標準地の価額(同鑑定はこれを標準価格といつている。)を算出し、次にその標準地と本件土地との条件を比較して一平方メートル当りの更地としての処分価額を一万七、二八〇円と評価し、なお、本件土地のうち高圧線下の地役権設定部分については二〇パーセント減価して、本件土地の評価額を六億四、三九四万五、〇〇〇円と鑑定評価したものであること、これに対し、大河内鑑定は、いわゆる公示価格は宅地のみを対象としたものであり、工業専用地域には適切な基準地がないとして、鑑定評価方式を専ら取引事例比較法によることとし、更生会社の主力工場敷地と本件土地とは八〇〇メートル程度しか離れていないことから、三つの取引事例から評価した更生会社の主力工場敷地と本件土地との条件を比較して(この条件の比較には地上権設定による減価も含まれている。)一平方メートル当りの更地としての処分価額を一万〇、五九〇円と評価し、本件土地の評価額を三億九、八八七万六、〇〇〇円と鑑定評価しつつ、いわゆる企業継続価値としては五パーセントの減額修正が必要であるとしていること、他方、また、鐘ケ江鑑定は、鑑定評価方式として、取引事例及び県基準地比較法により、三つの取引事例及び県基準地と本件土地との条件を比較して、一平方メートル当りの更地としての処分価額を一万三、一〇〇円と評価し、なお本件土地のうち高圧線下の地役権設定部分については七〇パーセント減価、本件(八)の土地については町道に沿つた幅の狭い土地で利用価値が低いことから五〇パーセント減価して、本件土地の評価額を四億七、四〇二万四、〇〇〇円と鑑定評価していることが認められる。

右三鑑定における本件土地の一平方メートル当りの更地としての処分価額の差の原因が各鑑定において採用した取引事例、県基準地価格の相違及び本件土地とそれら取引事例地等との比較における補正値の差にあることは容易に窺知れるところであるが、右三鑑定の採用した取引事例及び県基準地のなかで、本件土地に最も類似した土地の取引は鐘ケ江鑑定の採用した本件土地の隣接地について昭和五三年六月に一平方メートル当り一万二、〇九九円で行われた取引であり、同取引を本件土地の評価の参考にするにあたつては、更生手続開始時における価額算出のための時点修正は必要である(同鑑定によれば、時点修正後の一平方メートル当りの価格は一万一、九七九円である。)が、そのほかには地域要因、個別要因等を含めて各事情補正の必要がないのに対し、採用された他の取引事例及び県基準地はいずれも多かれ少なかれ種々の要因について補正を要するものであり、前者に比較してそれだけ非合理的要素の入り込む余地があることは否めないところであるから、逆に他の採用された取引事例等における修正後の価格が右隣接地の取引価格と著しく相違するときは、採用した取引事例等が不適切であるか、補正が不合理であるか、疑わざるをえないことになる。

かような観点からすると、千葉鑑定の採用した取引事例及び県基準地(同土地は第一種住居用専用地域であり、地域要因の差を考慮すれば足りるとはいうものの、本件土地のような工業専用地域の土地の評価の資料として採用すること自体疑問があるが)からの価額(同鑑定のいう、一万平方メートルと想定した標準地との比較の価額のみならず、標準価額から鑑定評価額への修正率を考慮して計算した価額、例えば、同鑑定の取引事例〈1〉では一万七、四九八円余となる。)は、いずれも著しく高額であつて、その鑑定の合理性に疑いをもたざるをえない。これに反し、大河内鑑定の援用している取引事例から算定した価額及び鐘ケ江鑑定の採用した他の取引事例及び県基準地から算定した価額は、それ程大きな差異がないので、それらは一応合理性があるとみて差し支えないと考えられる。

そして、大河内鑑定と鐘ケ江鑑定のいずれがより合理性があるは、にわかに判断し難いところであるので、本件土地の一平方メートル当りの更地としての処分価額(時価。以下同じ。)は、大河内鑑定の一万〇、五九〇円と鐘ケ江鑑定の一万三、一〇〇円の平均値である一万一、八四五円と認めることとする。

そこで、本件土地全体の更地としての処分価額であるが、本件土地の地形が別紙図面のとおりであり、そのほぼ中央に町道が十字形に位置し、その町道の変更等について具体的な対策も見通しもなかつたこと、本件土地のうち(一)、(三)及び(九)の土地について地役権が設定されており、その土地に一五万四、〇〇〇Vの高圧線が走つていることは前示のとおりであるから、鐘ケ江鑑定のとおり、高圧線下の地役権設定部分の土地については更地処分価額の七〇パーセントを減じた額をもつて、また、町道沿いの幅の狭い本件(八)の土地は更地処分価額の五〇パーセントを減じた額をもつて、それぞれの処分価額とし、その余の部分の土地は前示の更地としての処分価額によるものとする(なお、本件(二)の土地は高圧線下の土地の北西側の三角地であり、その土地のみを利用するとするならば、価値は低くなろうが、本件土地全体が一つの工場用地として利用されるとすれば、特にその三角地の価値を減じる必要はないと考える。)と、別表1のとおり、本件土地の更地としての処分価額は、合計四億二、九七九万〇、八八五円となる。

ところで、この処分価額は、企業の解体・処分を前提とするものであるから、企業の存続を前提とする「会社の事業を継続するものとして」評定した価額とは異るから、当該更生会社が通常の経営状態で事業を継続した場合に本件土地が生み出す収益性の観点からの修正が必要であるが、一般に更生会社の場合は正常に機能している状態にある会社の場合と比べて収益力が弱体化していることは経験則上明らかであるから、右の評定価額が処分価額を超えることはまずないといつてよく、最も高く評定しても処分価額が限度となるので、その修正について特に適正と認められる資料のない本件においては、一応、右の処分価額をもつて評定価額とみることとする。

なお、本件土地にさく井設備が設置されていることは、鑑定人鐘ケ江晴夫の鑑定結果と弁論の全趣旨から明らかであり、同設備がその設置状況及び機能の点から土地と切り離された別個の独立の定著物に当らないことも弁論の全趣旨から明らかであるので、本件土地についての根抵当権の効力は同設備に及ぶことになるが、それによつて本件土地の価値が右の評定価額を上廻る結果となることについての確たる証拠は認められないので、同設備が設置されていることをもつて、右評定価額を変更する必要はないものと考える。

(二)  本件建物について

前掲甲第一八号証、乙第一号証、成立に争いのない甲第一二ないし第一四号証、本件建物を昭和五二年六月二五日に撮影した写真であることに争いのない乙第四号証の一ないし九、証人大河内一雄、同千葉弥千雄の各証言、鑑定人鐘ケ江晴夫の鑑定結果及び検証結果と弁論の全趣旨によれば、本件守衛所は昭和四五年六月三〇日頃新築された建物で屋根瓦は簡易なセメント瓦であり、更生手続開始当時は、それ以前からの維持管理状況が悪かつたため相当傷んだ状態になつていたこと、本件事務所は昭和四五年一月一〇日頃新築された建物で屋根瓦は簡易なセメント瓦であり、新築当初は事務所として使用されていたが本件工場が火災に遇つた昭和四八年以降は物置に使用され、傷むにまかされていたので、更生手続開始当時は本件守衛所以上に損傷した状態にあつたこと、本件工場は昭和四四年一二月二〇日頃新築され、当時の床面積は三二一四・〇八平方メートルあり、工場兼倉庫として使用されていたが、昭和四八年八月一一日火災に遇い、塩化ビニール関係の原材料が多量に置かれていたため、火力の勢で鉄骨の部分の歪曲等があり、一部を取り壊して現在の規模のものとなつたこと、残存する同工場の柱及び南西側の梁は鉄骨であるが、中央及び他の三面の梁はいずれも鉄パイプであり、その南西側の鉄骨の梁及び鉄柱の一部はかなり焼けて曲つたままになつていること、火災後同工場は若干倉庫変りに使用されたこともあつたが、多くは補修等もなされぬまま放置され、焼け曲つていない鉄骨や鉄パイプも火災に遇い、かつ、雨ざらしになつて更生手続開始当時相当損傷していたこと、以上の事実が認められる。

ところで、本件建物についても、千葉、大河内、鐘ケ江の三鑑定でそれぞれ異り、前掲甲第一七号証及び証人千葉の証言によれば、千葉鑑定は、鑑定基準時における同種建物の標準建築費を基準として、一平方メートル当りの再調達原価を本件守衛所母屋につき三万円、その附属建物につき一万五、〇〇〇円、本件事務所につき二万五、〇〇〇円、本件工場につき二万円とし、経済的耐用年数を本件事務所のみにつき二五年、その余を二〇年、経過年数を一律八年としたうえ、維持管理が劣悪で、かつ、市場性に欠けること等を考慮して各建物につき一律四〇パーセント減を行つて、本件守衛所の評価額を附属建物込みで五〇万四、〇〇〇円、本件事務所を二三五万七、〇〇〇円、本件工場を七八七万四、〇〇〇円と評価しているのに対し、前掲乙第一号証及び証人大河内の証言によれば、大河内鑑定は、まず本件工場の鉄骨は火災の影響で腕曲したり錆付いているものが多く、屑鉄同然とみられるとして評価額を零とし、かえつて本件土地を有効に利用するためには解体が必要であるとして解体費を六七万五、〇〇〇円としたうえ、本件守衛所及び事務所につき、鑑定基準時における同種建物の一平方メートル当りの再調達原価を一律六万五、〇〇〇円とし、耐用年数を一八年、維持管理が十分なされていないことによる経済的残存耐用年数を八年とし、更に本件守衛所及び事務所は主要建物である本件工場の存在によつてその効用を発揮しうるところ、本件工場は取壊すべきものであるから、機能的、経済的効用の減価として再調達原価の二〇パーセントを見込むのが相当であるとして、本件守衛所及び事務所の評価額を四四九万八、〇〇〇円としており、また一方、鐘ケ江鑑定は、同鑑定人の鑑定結果によれば、鑑定基準日における同種建物の再調達原価として本件守衛所母屋につき三四〇万七、〇〇〇円(一平方メートル当り八万二、二九四円余)、その附属建物につき一三八万三、〇〇〇円(一平方メートル当り一二万八、六五一円余)、本件事務所につき一、八三九万七、〇〇〇円(一平方メートル当り七万九、三四五円余)、本件工場につき七、三五四万七、〇〇〇円(一平方メートル当り六万三、三六七円余)とし、耐用年数を本件工場三五年、その余二四年、残存耐用年数を本件工場二八年、その余一七年としたうえ、本件守衛所母屋を除きその余の各建物の修繕費用を控除して、本件守衛所(母屋及び附属建物を含む)を三二六万一、〇〇〇円、本件事務所を一、二二八万一、〇〇〇円、本件工場を三、四〇九万七、〇〇〇円と評価している。

そこで、まず、本件工場についてみると、本件工場が火災に遇い、どのような状況で残存しているかは前示認定のとおりであるところ、証人千葉の証言によれば、千葉鑑定は、本件工場を火災にあつた建物とはみず、通常の維持管理がなされていなかつたことにより老朽化したものとみて鑑定したことが認められるので、事実を正確に認識したものとはいえないから、同鑑定の評価を採用することはできないといわなければならず、また、鑑定人鐘ケ江の鑑定結果によれば、本件工場全体が火災につつまれ、その後放置されたままの状態であるのに、その点を考慮せず、そのような事故のないものとして、単純に耐用年数を三五年とし、新築時からの経過年数の七年を差引き残存耐用年数を二八年としていることは、たとえ火災等による損傷の修繕費を考慮しているとはいえ(その修繕の箇所、程度等は明らかでないが、その点を暫く置くとしても)、合理性があるとはいえず、また、同鑑定によつても、本件建物を復成するには、建物価額の四二パーセントもの修繕費をかけなければならない程度の損傷のある建物の価値を評価するにしては、単純に復成原価から修繕費を控除した額をもつて本件工場の評価額としている点にも疑問があるので、鐘ケ江鑑定も採用できないといわざるをえない。

むしろ、前示認定のような本件工場の状況等を素直に観察するならば、本件工場についての企業継続価値としては、大河内鑑定のとおり、零評価するのが合理的である。しかし、同工場の鉄骨等はスクラツプとして処分が可能であり、その処分価額が大河内鑑定のように運搬費程度のものでしかないかどうかは、確たる裏付けもないので、単純に大河内鑑定のように解体費をまかなえないとして、本件工場をマイナス評価することにはいささかの疑問があり、本件工場の評価としては、単に零とみるのが相当である。

次に、本件守衛所及び事務所についてみると、この点についての千葉鑑定の再調達原価は、大河内鑑定及び鐘ケ江鑑定に比べて著しく低額であり、また、一般に知られている当時の物価事情からも、はたして千葉鑑定のとおり一平方メートル当り一万五、〇〇〇円から三万円程度で本件守衛所等の新築が可能であるかは疑問であるので、同鑑定の数値を採用することはできないといわなければならない。ところで、大河内鑑定と鐘ケ江鑑定とは、再調達原価も異り、また、同建物の損傷状態を勘案する点においてもそれを耐用年数に考慮するのと修繕費として考慮するのとの差異等があつて、結果においても評価額に相当の差があるが、大河内鑑定の本件工場の取壊しによる機能的経済的要因に基く減価の点を除くと(この点は、新規に工場・倉庫を建築されれば、直ちに解消される余地のあるものであり、本件工場の取壊しにより当座は機能的、経済的な価値が減ぜられるであろうが、そのような一時的現象を重視することは妥当でないと考える。)、いずれがより合理性があるかは、にわかに判断し難いところであるので、本件守衛所等の価額は、大河内鑑定における機能的、経済的要因に基く減価をする以前の評価額と鐘ケ江鑑定の評価額の平均値をもつてすることとし、それによれば、別表2記載のとおり、本件守衛所の評価額は二三八万三、二〇〇円、本件事務所の評価額は九四七万九、二〇〇円ということになる。

(三)  そうすると、本件土地の評価額は、別表1記載のとおりであり、その合計額は四億二、九七九万〇、八八五円、本件守衛所のそれは二三八万三、二〇〇円、また、本件事務所のそれは九四七万九、二〇〇円であり、本件土地、建物全部の評価額は、それらを合算した四億四、一六五万三、二八五円ということになる。

三  しかるところ、本件土地、建物については、株式会社平和相互銀行が本件守衛所を除いたその余の物件全部につき債権極度額を三億五、〇〇〇万円とする第一順位の共同根抵当権(いわゆる純粋共同根抵当権。以下、共同根抵当権と表示するのは、この純粋共同根抵当権のことを指す。)を、また、小松川信用金庫が本件土地、建物全部につき債権極度額を一億五、〇〇〇万円とする第二順位(ただし、本件守衛所については第一順位)の共同根抵当権を有しており、原告の有する共同根抵当権はそれらの担保権に後れるものであることは、当事者間に争いのない事実と前掲甲第三ないし第一四号証より明らかであるから、それら先順位の担保権によつて担保される債権額を担保の目的物たる本件土地、建物の前示評価額から控除し、残余があればその残余の範囲内で担保される原告の届出債権額が原告の更生担保権として認められる額になる。

ところで、本件のように、共同根抵当権が先順位にある場合の後順位担保権者の更生担保権として認められる範囲の算定については、更生手続の開始により根抵当権の被担保債権の元本が確定するか否か、先順位担保権が共同抵当権の場合には後順位担保権者が更生担保権として取り扱われる範囲を算定するために民法三九二条一項の規定を類推すべきか否か、といつた点に関連して、問題がないではない。しかし、更生手続の開始により根抵当権の被担保債権の元本が確定するか否かの点については、根抵当権に関する元本の確定事由を列挙した民法三九八条の二〇は、その五号において債務者又は根抵当権設定者が破産宣告を受けたときを確定事由としてあげてはいるが、更生手続開始決定をあげていないこと、更生手続においては、更生手続の開始によつて会社の事業の経営も法律関係も新たな段階に入るとはいえ、破産手続のように企業を解体し清算するものではなく、企業の存続を前提としてその復活を図るものであり、破産手続とは決定的な差異があること、更生手続開始によつて元本が確定せず、従つて根抵当権が存続しているとすれば、その極度額に余裕がある場合には、更生管財人においてこれを利用して、金員の借入れその他の取引をなしうる余地があることになり、会社の存続、更生を図るうえで実際上も役立つ可能性があること、元本が確定しないとしても、後順位の担保権者はもともと先順位の担保権者の極度額まで優先弁済権を有することを覚悟していた筈のものであるから、確定しないとの見解によつても後順位担保権者に著しく不利を強いる結果になるとはいい難いこと等からすれば、更生手続の開始によつて根抵当権の被担保債権の元本は確定しないと解するのがむしろ相当であり、また、先順位に共同抵当権が存する場合の後順位担保権者の更生担保権算定の点については、後順位担保権者の保護と公平を図るうえから、その算定のためにのみ民法三九二条一項の規定を類推するのが相当であると考える。そこで、かような見解のもとで、本件についていえば、本件は先順位の担保権が共同根抵当権の場合であるから、先順位の共同根抵当権の極度額を基礎として、民法三九二条一項を類推して各担保物について後順位担保権者の更生担保権として取り扱われる範囲を算定すべきことになり、これによると、別表3のとおりとなり、本件土地、建物については、先順位担保権者の小松川信用金庫の極度額にも足りないことになるので、より後順位者である原告については更生担保権として認められるものはないといわなければならない。

なお、原告は、先順位担保権者である株式会社平和相互銀行及び小松川信用金庫について債権調査の結果確定した更生担保権額を基礎とし、かつ、株式会社平和相互銀行は他の物件にも根担保権を有しているから民法三九二条一項の趣旨に照して各担保権の極度額の割合で右確定した更生担保権額を割付けるべきである旨を主張しているが、更生手続開始により被担保債権の元本が確定すべきものでないと解すべきことは前示のとおりであるから、(いわゆる累積的共同根抵当権の場合にも民法三九二条一項を類推すべきか否かの点はさて置き、)原告のこの点についての主張は採用できない。

四  以上の次第であるから、原告の更生担保権として届出した全額につき、被告がいわゆる担保割れとして異議を述べたのは正当であり、原告の本訴請求は失当たるを免れない。

よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 海保寛)

(別紙) 物件目録〈省略〉

(別紙) 図面〈省略〉

別表1・2・3〈省略〉

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